【連載 奇談倶楽部 第6回】日本人気質によく合っている浮世絵…!?
奇談倶楽部第6回
浮世絵を語るうえで外してはいけないのが技術的なことでしょう。一枚の絵を摺るのには複数の版木が必要で、数人の彫師がベテランは人物の顔を彫るなど熟練度によってそれぞれの部位の担当をしていました。毛割りといって人物の髪の毛の襟足や生え際を一本ずつ、一ミリ幅の中に三本以上彫り上げるなど卓越した技術を持っており、この部位を任された彫師の名前が代表して絵師の名の横などに記されたりしています。こうした緻密な作業で作られた版木ですが基本的に高価な桜材であるため裏も使って違う絵の版木として使用し、さらに表面を削って再利用もされました。
摺り方のテクニックは色々あって、例えば目だけでも複数の色が使われていますが、これは重ね摺り、色摺りと呼ばれ、白目に薄く影を入れるボカシのテクニックは現代のイラストでもよく使われます。他に、布目摺りといって実際の布を紙に押し付け着物などに本物の布の質感を出したり、現代のエンボス加工のように版木の凹凸を押し付けて紙に立体的な模様をつけるから摺りや墨にニカワを混ぜて艶のある黒を表現するなどたくさんの技法が使われました。
一つの絵柄で摺れる限界は2千枚くらいまでと言われています。最初の二百枚が初摺りで美しくはっきりとした色彩が楽しめ、やはり後半になるにしたがって擦れや飛びなどがおこってくるので、現代で売買される場合でも同じ絵柄で状態によって値段が大きく変わりました。値段の話でいうと、頭に浮かぶのが贋作ですが、浮世絵の贋作はほとんど作られていません。もし現在作ろうとしたら一枚の絵を作るのに何百万、何千万クラスの元手がかかりますが、超有名絵師・歌麿などを作ったとしても基本的になかなかその値段では売れません。また、当時の紙がもう現在の日本には無く、明治初期などには浮世絵の価値はいわゆる現在の雑誌のような感覚で、消耗品…何かを包んだり飽きたら捨ててしまったりすることが多かったのです。外国に輸出する割れ物を包んでいた浮世絵を見た海外の人々が日本より先に芸術作品として浮世絵に注目したというのは有名な話です。また、当時浮世絵を大事にとっておこうとした人は薄くて破れやすいので裏にもう一枚紙を貼って補強したりしており、これを裏打ちといいます。これがあるものは現在古物としては価格が下がります。
絵師のこだわり、彫、摺り師の技術力、そういったものの結実が、あくまで大衆娯楽として脆い薄い紙に印刷されるという現象が個人的に私の興味を惹きつけて止みません。脆さの中に美を見るのはもしかしたら桜など散るものを愛でる日本人気質によく合っているのではないかなどとも考えるのでした。
- 1
- 2